呆れた議員達の行状

地方議会の実態から日本を見る

風力発電と蠢く町政(75)

     シンポジュームに行って来た

 シンポジュームに行って来た。全体として退屈した。それで途中で抜け出して日曜日の緑林公演を散策した。親子連れでにぎわっている。森のピアノを弾いている兄弟がいた。その傍らで母親らしき人がスマホにその姿を収めようとしている。ゴーカートも盛況であった。乳児近いような年齢の子供と同乗して、大人3人がかりでその姿をやはりスマホに収めようとしている。傍らでそれを観測している私には全く気が付かない。存在に気がつかない。まるで透明人間異なったみたいな気がした。緑林公演でで最も生き生きしていたのは、スケートボードで芝生の間の歩道を滑車していた3人の少年たちであった。彼らはスケボーに夢中で仲間と一緒にただスケボーに乗り、技を競い合うことが、面白くて仕方がないのである。もちろんスマホなどは持っていない。それに比べて、館内はどうだろう。参加しろと言われていやいや参加した町管理職の面々の憂鬱感が館内に霧のように垂れこめているのである。3名の議員の顔も見えた。中屋康教育民生委員会委員長、緒方正綱教育民生委員会委員、古谷幹夫総務常任員会委員長である。緒方正綱議員は眠りこけている。中屋康議員と古谷幹夫議員は一見神妙な顔をして座っているが、教育民生委員会副委員の村井真菜議員の顔は見当たらない。とにかく役場管理職が勢揃いしている。生涯学習課と賑わい創出課の職員及び、コンサルタント関係者以外は見当たらない。関係者のための既成事実化を自己目的とする儀式である。「ワクワク」という言葉が登壇者から頻発される割には全くワクワクできない陰鬱で退屈な儀式である。自分に取ってはコンサルの仕事場振り兼教育委員会の仕事振りの視察である。とは言え、講師の面々の話など、ネット上にいくらでも転がっているような内容である。なんか安易な商売をしているという印象である。

IT技術の進歩によって、情報の質が変わり、知の収集、加工、発信が民主化され(誰でもできる)、人の能力が拡張された。このITリテラシー実実装を提供できる未来の図書館は従来の図書館像を超えて、住民自治や官民共生のプラットホームになる~

というような話が、山口県YCAM館長、元長野県立図書館長、ソニーグローバルエデュケーデョンプログミング教育部門の担当者のそれぞれの視点で語られただけであり、そのような内容は日々ネットに溢れかえっているのである。関心のある人間はそこにたどり着くだろうし、関心のない人間に関心を喚起する必要性がそもそもあるのだろうか。それも税金を投下して、町民を啓発する必要性などあるのだろうか。全くあるとは思えない。湯水のように税金を使って、身の丈に合わない「新しい図書館を創る」と議会答弁してしまった中尾博憲町長のアリバイ工作を生涯学習課が青息吐息でやっているだけのことである。相変わらずの体たらくではないか。更に嫌なことに、コメンテータ役のコンサルタントの岡本真氏と李明喜氏に、(共にコンンサルアカデミックリソースガイド)に、壇上から上から目線丸出しで、住民自治だの町に何かやってもらおうではなく町民が主体性をもってなどど言わせているのである。住民自治が最も分かっていないのが生涯学習課に代表される四万十町職員なので、そっちに説教しろと思いはしたが、実際の所役場関係者が聴衆のほとんどなので、彼らは、公費を投下したコンサルタントに職員研修してもらっているのである。愚の骨頂ではないか。実に主権者である町民を愚弄するにもほどがある。

 コンサルタントの商売に町が協賛しているという構図

礼を言うのはコンサルなのに逆に町側がコンサルに礼を述べている。殖民地根丸出しである。ここが地元民として廉恥に堪えない。文化がどこにある。

このような、町民に対する実にはしたないふるまいは、返上させるべきではないか。四万十町教育委員会生涯学習課のふるまいは、実にみっともなく且つ恥知らずである。

2部のパネルデイスカッションとやらが始まるとやおら、中尾博憲町長と山脇和章教育長が登壇した。町長、教育長がパネルデイスカッションに参加するかと思いきや、彼らの知力の低さを見抜いているコンサルがそのようなことをするはずもなかった。一先ず登壇させて、ファシリテーターの隣に座らせ、一部の各講演に対する感想を促したことと、パネラー間のデイスカッション終了後に、「文化とは何か、一言で」に発言を促されただけであった。事前に設問を告げられ、答えは事前に準備されていたはずである。コンサルタントが町長、教育長の知力の査定を誤るはずが無い。彼らの役割は、執行部トップの無能力、無弁力を補い、それをあたかもそう(無能力のせい)ではないように糊塗して町民向けの出し物を用意することである。今回の複合文化施設構想で、それが露わになった。四万十議会の役割もこれに近い。執行部の出しものに協賛し、寄生し、彼らが恥をかかないように周到に出し物を事前調整、演出、運営している。そしてそれを「議会」と称しているのだ。

ファシリテーター:講演に対する感想を町長、教育長にお願いします。

中尾博憲町長:町の課題を整理してもらって有難うございます。市長選とはそういうレポートではなくて、町長として、新しい文化施設の建設を町の発展につなげたい思い。

注:市長選とは、YCAM(山口情報芸術メデイセンター)設立時徐住民反対運動を受けて反対派の市長が当選したという講演内容に基づく。

山脇和章教育長:メモに基づく各講演内容の概要を述べて、~について語ってもらいました。有難うございます。新しい文化施設は人材育成に貢献し、町の発展につながるものと思います~。

ファシリテーター:最後に「文化とは何か」について一言お願いします。

中尾博憲町長:文化とは生業であると私自身は思います。正解ではないかもしれませんが。~~。

 山脇和章教育長:文化とは、人材育成に繋がる「人、もの、こと」であると思います。~。

注:文化から生業という概念しか導けない中尾町長の姿と、同じく「人、もの、こと」という借り物のキャッチフレースしか思いつかない山脇教育長がいるということを四万十町民には注視してもらいたい。このようなにわか仕立ての「たわごと言い」の対価は町長月額767000円、教育長月額560000円である。税金の使途として是認できるか。

このシンポジュームの翌日に(株)ソニーグロ-バルデュケーションから来た講師である佐藤氏によって開催された「プログラミング教室」を覗いてみた。10人を超える子供たちとその保護者が参加し、そこそこ盛況であった。受付の生涯学習課の味元副課長がいたので、早速昨日の、町長、教育長の登壇の意図を聞いてみた。

味元副課長、何を思ったか、ここで咄嗟に出席者名簿を裏返す。

私:なぜ隠すんですか。

味元副課長:隠していません。個人の名前がありますから。

私:私もこれから記入するかもしれないものを咄嗟に裏返すなんて極めて意図的ではないでしょうか。認めたらどうですか。

味元副課長:認めません。

私:個人情報という認識であるならば個人情報収集の目的は何ですか。

味元副課長:事前の申し込みと実際の出席者の照合目的です。

注:本当にそうであれば、議会の傍聴向けのように投函させればいい。そうではないのである。出席者状況を確認する目的で、こちら側に名簿を把握されたくないのである。

私:本題に入ります。ちらしからは到底想定できなかった町長、教育長の登壇でしたが、パネルデイスカッション部門でありながら、パネラー的役割ではなかったように感じました。この登壇は、急遽決まった事ではないですか、又設問が事前に知らされていませんでしたか。そのように感じたのですが。

味元副課長:沈黙(認めたのも同然である。黙秘が得策だと判断している様子)。

私:町長、教育長の発言内容には聴衆にとって寄与するものは、全くありませんでした。

味元副課長:人によって受け取り方は異なりますから(個々の主観論に持ち込もうとする役人の定番言い回し) 

 私:そうですか、けれどもまだ登壇の意図について答えてもらっていませんが。

味元副課長:町民への発信です。

私:それこそ最も重要なことですよね。町民としては、発信はしっかり受け取りたいと思いますので、再度町長、教育長に確認の上、発信概要について取りまとめてもらえませんか。勿論テーマは、「講演内容への感想」と「講演への感想と文化について一言」ですよ。簡単なメモは取りましたが、録音もできなかったし、発信を町民としてしっかり受けとめたいからです。

味元副課長:わかりました。

先進事例の発表などやってもらっても仕方ない。その受け手のレベルに、その成果は規定されるのである。当然の事である。そもそも有難がる必要もない。スターパイロットの三浦氏も会場にいて、何と男子児童の真前で顔を撮影している。三浦氏は、写真の使用目的を明示した上で、参加した子供の顔写真という個人情報の使用目的を明示した上で、児童と保護者の許可を得て撮影しているのだろうか。味元副課長は、私には、出席者名簿を咄嗟に裏返して見えないようにしたのである。四万十町生涯学習課が、どちらを向いて仕事をしているかは明らかではないだろうか。そのような生涯学習課が、新複合文化施設で、STEM教育(Science(科学) 、Technology(技術)、Engineerining(工学)、Mathematics(数学))なんて提供できるんだろうか。できるとは思えない。自分たちの職務上の質問にも答えれないのに。誰も笑えない、できの悪い冗談みたいな話である。そう言えば参加していた、知人ママの一人が(ママというのはスターデータイロットの三浦氏の用語である、「プログラミング言語はちんぷんかんぷんだけど、プログラミング思考に関心があって。英語で思考出来たらいいんですけどね。」と私につぶやいた。「それ漠然と憧れているだけでは」というのが、私の受けた印象である。ママであろうとなかろうと一般的に女を駆動させるのは、「買い物」である。多分このママは新規な概念であるブランド「プログラミング言語」をショッピングし、自分共々自分の子供の精神面での栄養物にしようとしているのである。男性には理解しにくいかもしれないが、女という種族は本質的に買い物とういう行為によって自尊心を養い、対世間的な顔(フェイス)をつくり上げている(メイクアップ)しているのである。だから彼女らが何を身に着けどのような化粧を施し、どこに出没するかは買い物行為そのものであるので、それがそのまま彼女達の顔(フェイス)となる。東京から来たコンサルタントの男たちは、地元ママたちの顔(フェイス)を立て、自尊感情を喚起することに実に易々と成功している。客を実演販売の場に上手におびき入れている香具師に近い。実に商売上手である。ターゲット層の心理を熟知しているのである。ママを誘蛾灯に蝟集する蛾のように扱えるこのコンサル文化こそが、ママたちのこのような態様をもたらした我々が作り上げてきた戦後文化の目下の到着点でもあると言える。コンサルの三浦氏は先日、「ものの時代からストーリーの時代へ」と講演した。そしてその四万十町の住民のストーリーの基盤は、我々コンサルチームが用意する。」と言ってのけたのである。どうも我々四万十町民のストーリーの基盤が東京からやって来たコンサルチームによって提供されるらしい。その契約が町生涯学習課と秘かに交わされているのである。町の総合演出家気取りのこの三浦氏は、経歴を見れば、早稲田大学建築科出身と書いている。私の情報提供で、シンポジュームやプログラミング教室までも足を運んだ四万十町日野地の陶芸家武吉氏も偶然早稲田大学建築科出身である。大藤風力発電の模を作成できるはずである。武吉氏は、この三浦氏率いるスターパイイロットが選考された公開型プロポーザルも見に来ていたし、スターパイロットが選ばれることを確信的に予見していた人物である。確かに私の眼から見ても、岡本真による公開型プロポーザルの提案、スターパイロットが美馬旅館の木のホテルを手掛けた無垢設計とジョイントで応募したこと、木のホテルには四万十ヒノキがふんだんに使われていること。スターパイロットが四万十町森林組合集成材工場にヒアリングし、それをプレゼンしていたこと等、全て事前にお膳立てができているとしか思えなかったこれも偶々先日の新聞に、中々つながらない「いのちの電話」の代わりに「いのっちの電話」を開設した坂口恭平という人物の紹介記事が載った。この人は、ホームレスのためのダンボールで作った「0円住宅」や移動できる「モバイルハウス」という実験住宅で有名な、これまた早稲田大学建築科出身の建築家でもあるらしい。新聞記事には載らなかった坂口氏の経歴も武吉氏から教えてもらった。坂口氏は自身が双極性障害という障害を持ち、今でも時折希死念慮(死にたいと言う気持ち)が湧き起こると言う。そこで「いのっち」の電話では、「いのちの電話」で鉄則とされている「傾聴」ではない「徹底論破」という手法を取っているとのことである。スターパイロット率いる三浦丈典氏、地元陶芸家武吉廣和氏、「いのっちの電話」の開設者であり建築家でもある坂口恭平氏、この三者が偶々ここ四万十町という場で図書館を巡って遭遇したのである。坂内氏はここにはいない。私は、坂口氏の記事を興味深く読み、その名を記憶した。だから私の脳という仮想空間でこの三者が間違いなく遭遇したのである。坂口氏で面白いのはこの「独自性」である。坂口恭平という固有名詞を持つ一個人の内面の葛藤、懊悩から生成したこの独自な知見こそが、文化の起爆的な発信力その物ではないだろうか。この行為は、他者(媒介者であるメデイア)によって発信され、伝播され、共同体によって共有され、やがて見えなくなる(意識下から無意識下へと変容する)のではないか。一人の人間の行為が、見えない共同体に受信され、伝播され、共有知として無意識化され、やがてまた見えなくなる。ここには時間軸が存在する。その意味で我々は、歴史的存在でしか有りようがない。私は文化という得体のしれないもの、説明し難いものを漠然とそのように感じ取っている。その意味で文化とは、既に我々の中に埋め込まれた、人間の歴史の総体が、今、ここに表出した地層の文様のようなものとして目の前に現れる。その事象は文化としか表現できない、常に特有な事象である。坂口氏は「傾聴」では自分は救われなかった。だから「論破」を試しているのである。この探求心と実証精神である。生涯学習課に完璧に欠けているのは、この部分である。彼らには文化を生成する最初の駆動力である好奇心と探求心、正しく発信力が致命的に欠けているのである。実は、むしろそれを欠くことで、所属集団である組織の円滑な運営と存続を果たしているという逆説こそが官僚制の本質の一部である。私と言えば、あくなき探求心を持って、この官僚制の探求に挑み続けたい。官僚制の可能性について考えることを、なぜか止めることができないのである。

西原真衣

 

 

風力発電と蠢く町政(74)

     四万十公社と新図書館

まず私の知る公社沿革を概観する。公社というのは公益財団法人四万十公社の事である。こ公社母体は、松場川温泉と緑林公演と四万十会館を管理運営するために設立された地域振興公社である。窪川町の中平和夫町長時代の事である。その後、この地域振興公社が、公益財団法人四万十公社となったのは、平成18年の合併を経て平成24年に、地域振興公社を公益財団法人に改編し、その折に松葉川温泉が「株式会アグリ窪川」の傘下に入った。「アグリ窪川」は町が設立した株式会社である。財団法人となった時に旧十和村が実施していたケーブルテレビ事業が合併後の四万十町に導入された。その立役者の当時の企画課課長であった武内文治氏である。それで「公社例規集」には、初代理事に武内文二氏と長らく地域振興公社の理事長であった中平義之氏の名前がある。公社は、町が200万円の基礎財産を寄贈して設立された町の外郭団体である。そこで毎年事業報告書が、町長に提出され、町長はそれを議会に報告しなければならない。これはアグリ窪川も同様である。公社には、3種目の指定管理料が交付されている。

ケーブルネットワーク指定管理料 215,588,000円、公園指定管理料3,310,000円、会館指定管理料:30,229,000円である。合計額は、55, 127, 000円である。次に、この公社の運営組織として、理事会と評議員会というものがある。理事会とは、執行機関であり、評議員会とは最高意思決定機関である。であれば5500万円相当の指定管理料とその他の収益(ケーブル加入料金その他イベント収入等)の合計で、公社はどのように運営されているのだろうか。運営を意思決定しているのが評議員会で、執行しているのが理事会という事になる。当然理事会には監事もいる。理事会等の役員名簿が、公社HPに掲載されていた。ただし、字が小さく、構成的にも非常に見つけにくい。転写する。

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 一見してまず気になるのは、四万十町現職副町長森武士が理事の一人であること、及び会計管理室長清遠康彦が、評議員の一人であることである。副町長森武士は、あぐり窪川代表取締役でもある。あぐり窪川の隣接地が用地買収されて、豚まんの新加工施設が整備された。総事業費は、7億円近い。ケーブルテレビの敷設にも30億円相当が拠出されている。財政投融資資金が財源ではなかったか。町はこの返済費用を年々予算計上してきたはずである。設備は当然老朽化する。そのリプレイス費用も10年計画で計上しているはずである。町の費用で設備が付設されており、管理運営委託料が町から毎年支払われており、会費収入と合わせて経費が賄われているとすれば、「ケーブルテレビは、町の公共放送。町のNHKである。」と言える。

 NHKには、経営委員会というものがあり、議事録が公開されている。NHKの経営委員会と理事会は、丁度公社の評議員会と理事会の関係である。放送法において、経営委員会の議事録は作成、公表が義務付けられている。公益法人においても四万十公社のような公益財団法人は全て、理事会と評議員会の議事録作成が、公益法人認定に関する法律」により義務付けられている。けれどもNHKの経営委員会に該当する評議員会の議事録は公開されていない。理事会の議事録も公開されていない。議事(議題)だけがHPに、申し訳のように掲載されている。ケーブル事業運営主体は、四万十町企画課である。それで企画課は、放送番組審議会」を設置し、年2回の議事録要旨と議事資料を町のHPで公表している。放送法によれば、経営委員会委員は全12名で、衆参両院の承認を受けた上で、内閣総理大臣が任命と規定されている。では公社の理事や評議員会委員はどのように選ばれているのだろうか。これは定款を見なければ分からない。定款によれば、評議員会選考委員会が設置され、選考委員会が選考した評議員又現職会計管理室長、清遠康彦氏が評議員にいれば元町職員現評議員議長谷部文男氏は、やはり役場後輩である清遠氏を面前にして町に不利な発言や判断は控えるのではないか。それを確認するためには、議事録を読むしかないが、公表されていないのである。実は、この四万十公社設立の立役者は、元四万十町企画課課長の武内文治氏である。定年前に役場を退職までするほどの意気込みで、この公益財団法人の設立に関わったと耳にしている。設立時の理事は、この武内文治氏と地域振興公社の理事長職であった中平義幸氏の二人である(四万十公社定款から)。設立時に制定された定款や理念がある。これは両方HPで見れる。以下引用する。

公社の理念

ここにいるひとを、ここにあるものを、くらしの綴り方として、音と文字と映像を紡ぎ、記録し、過去と現在と未来を結ぶ(時を貫く情報)とすることを使命とします。

(情報使命)

その情報資源は、いつでも、どこでも、だれで我持っている機器や機能に関係なく利用できるよう「最新の伝える工夫」となることに情熱を注ぎます。

(情熱職員)

これら、公社の使命と情熱と使命と一連の町民参画や寄付により培った利益は、運動にかかわる人々と地域と職員とで分かち合い「社会全体の利益」として還元します。

(協働公社)

武内文治設立理事理の意気込みが伝わってくるような内容ではある。この人物は、地方分権行財政改革の流れで全国の自治体が、自治基本条例や議会基本条例の制定に取り組んだ時期に四万十町企画課長であり、これら町の最高規範とされる基本条例の素案作りにも関わった人物である。けれども、平成24年の公益認定を経て令和2年の僅か、8年後には、武内氏がスカウトした学芸員の有資格者である高知大学出身の女性職員は結婚を機に退職し、上記の理念を具現化すべく立ち上げた地域情報センターの所長として同じく武内氏がスカウントした、アジア太平洋歴史センター職員の経歴を持った男性職員も退職した。その後8年経過している、町の公共放送を担う四万十公社の運営はどのように変化したのだろうか。公社設立時の理事は前述の武内氏と地振興公社理事長であった中平義之氏であった。その初代理事が去った後の公社は8年の時を経て今どのように運営されているのだろか。事務所の最高責任者は武内氏の専務理事職の後任と事務局長直を兼任する常勤専務理事である森雅伸氏である。この人物が、公社の常勤トップである。現況で、理事会議事録や評議員会議事録は公開されていない。従って理事や評議員選定が適切かどうかが判断できない。では何が公開を法的に義務づけられているのだろうか。公益法人等の認定に関する法律」によれば、事務所に備え付け、何人にも閲覧を拒めない書類がある。以下の書類であるが、これらの書類はとりもなおさず、公益認定の申請時に許認可庁に提出しなくてはならない書類である。

1.事業計画書及び収支予算書

2.資金調達及び設備投資の見込みを記載した書類

3.事業報告書

4.事業報告の付属明細書

5.貸借対照表

6.正味財産増減計算書(株式会社の損益計算書に該当)

7.財産目録

8.監査報告書

9.理事、監事評議員の名簿

10.理事、監事評議員の報酬等の支払いの基準を示した書類

11.運営組織及び事業活動の状況の概要及びこれらに関する数値のうち重要なものを記載した書類

12.定款

上記のうち、HPで見れるのは一部である。「事務所の空いている時間帯には、閲覧申請すれば何人にも閲覧を拒めない」と法律には明記されているが、申請も閲覧も想定されていないような事務所の作りである。事務所前の多目的室の前に応接用のテーブルと椅子の一式があるだけである。HPに全て掲載すればいいように思うのだが、なぜ敢てそうしていないのだろうか。初代常勤専務理事の武内氏は、理事会と評議員会の議事録以外の上記書類群を全てHPに掲載していた。だからこそ、私は、常勤専務理事が武内氏から森氏になった時に、それまでの事務局長町給与30万円と専務理事報酬月額20万円の合月額50万円が森専務理事の月額報酬として「役員報酬等の支払いの基準」と共に公社HPに掲載されていたので知っているのである。公社職員の給与表も掲示されていた。ところがいつの間にかそれらがHPから削除されている。事務所に行けば閲覧できるが、HPでは見れないという体制に変化したのである。なぜであろうか。関係者によれば、理事長が中平克己氏の時に、「全部出さなくてもいいだろう」という理由で、理事長と公社事務方三役)で申し合わせたと言うことらしい。改めて私が先日その理由を聞けば、企画課の山本康夫課長によれば、森専務理事は、「職員の給与が外から丸見えになる」と理由を述べたそうである。これは実に怪訝な認識である。「公益法人等の認定に関する法律」では、「公益法人では、これが公表されるべき」と書かれているからである。その理解があれば、「給与が外から丸見え」になるなどという発想自体が出てこないだろう。更に公社理念である、「情報の最大限の還元や伝える工夫」にも反している。武内氏が去った後、公社理念はどうも、後任者や職員に全くと言っていいほど受け継がれてないようである。これは本質的に人事の在り方の問題である。そしてその人事の在り方の責任の所在は、理事会や評議員会にある。だからこそ、理事会や評議員会の議事録は公開されるべきなのである。議事録から職員の職務遂行状況が分かる。職務遂行能力も推察できる。理事や評議員の資質も判断できる。これは、国会質疑の的になっていいる学術会議の推薦メンバーの任命拒否に関して、菅首相が、答弁の中で言及した、

日本国憲法15条、「公務員の任命、罷免は国民固有の権利である」

に繋がる国民の権利である。公社職員は公務員ではない。だが毎年経営状況が町に提出される町の外郭団体である(出資に当たる基本財産が町から拠出)以上、町の職員に準じた職務内容の公開(給与表を初め、職務分担等)は当然求められるのではないか。公社は閲覧申請対証書類に、理事会等の議事録を含めている。公閲覧申請書類は以下である。先日公社に出向いて閲覧申請しようとしたら、総務課長が出張中という理由で、帰って来るまで待って欲しいと要請された。「総務課長が対応するという事に二人で決めた。」というのである。専務理事が部下に指示できない、という事なのだろうか。総務課長は出張中でも、専務理事以外の二人の若手職員(会館担当)がいたのである。専務理事の職務遂行能力に疑いが生じるのは、このようなことが頻発するからである。事例を挙げる。

土の基幹資料である窪川町史、十和村史、大正町史が町立図書館に有るという見当識がなかった。「斎場で見たことがある」と私に応答したのである。「地域情報センター事業は公社の公益事業である。町の映像のアーカイブを構築するという構想理で出発した(30億円の予算計上時には、単なるケーブルテレビ事業だけではないという付加価値の宣伝で議会の理解を求めたはずである。丁度今、複合文化施設構想で同じことが繰り返されている。「単なる図書館ではない、町の青少年の育成に貢献できる、又地域の交流拠点機能を併せ持つ複合施設である」(中尾博憲町長答弁より)

現場の森氏の無理解は、丁度現町立図書館の副館長(現場最高責任者職)の現場業務に対する著しい無把握、無理解と符合している。この著しい無把握、無理解は、町が設立した、町の外郭団体である公社の専務理であれば、結局間接的な雇用主である町民から問われるべき資質なのである。選挙で選ばれた首長に任命されている以上、憲法15条の公務員の任命、罷免は国民固有の権利である。その固有の権利を選挙によって首長に付託しているのであるから、付託された側は、その任命責任をその職務上の事実に基づいて問われるべきなのである。外角団体であろうと本質は同じである。上記列挙したのは、私自身が、直に職務内容について質問した際の職員(森専務理事や町立図書館副館長)の職上の応答なのである。だからこれは、職務上の事実である。町立図書館副館長のと図書館資料に対する応答振りは、照明事件の時にも書いたが、四万十町議会決算特別委員会の場で、

古谷幹雄議員:図書資料購入費が例年400万円で推移しているが、選書方法は。

生涯学習課課長:リクエスト対応分もあるし、問屋の紹介やリストから、月に2回開催している選考会で職員が選考する分もあります。

村井真菜議員:図書館協議会委員報酬とあるが、委員構成選任理由は。

生涯学習課課長:図書館協議会設置条例に基づいている、今手元にない。

武田秀義議員:委員を特定化しない方がいいんじゃないか。

田辺哲夫委員長:後から資料をもらうという事でいいか。

これが決算特別委員会での質疑の全てである。生涯学習課は、11月22日に四万十会館でシンポジュームを開催する。テーマは、「四万十町文化施設を想像しよう」である。以下チラシである。このシンポジューム開催は、コンサルタントコンサル料である複合文化施設総合アドバイザー委託料1300万円の対価物である。ちらしを見ればわかるよう二、生涯学習課は、1部レクチャーのコメンテーターも、2デイスカッションのファシリテーターも担当していない、聴衆である町民との媒介者になろうともしていないということである。議会を傍聴して、後日図書館に赴き、以下のやり取りをした。

私:議会決算特別委員会を傍聴した図書購入費400万円のリクエスト対応分と、選書会対応分の金額的な内訳を知りたいから教えて欲しい。

副館長:即答できないので時間を下さい。

私:カウンターにいる人に今聞いてもらえませんか。

カウンター業務非正規職員:件数は取っていますが、金額の把握はありません。選書は、TRC(図書館流通センター)から週一度送られてくる出版全目録やその他出版社から送られてくる新刊情報や、新聞の指標欄、インターネット情報や偶々立ち寄った本屋で職員が得た情報等から総合的に選考しています。

私:TRC(図書館流通センター)から週一度送られてくる出版全目録は有料だと思うんですが、いくらかかっていますか。

副館長:(20分方々館長質のPCで予算関係書類を検索)、36000円です。

正規職員と非正規職員の待遇格差は甚大である。このやり取りは一体何を意味しているのだろうか。この丁切に答えてくれた非正規職員を含む非正規職員は、先述のシンポジュームでレクチャーを我々聴衆に施すパネラーのリストをコンサルから渡され、どのような人物かを調べてくることを宿題と称され、講演して欲しい人についての意見発表を求められたらしい。まるで小学生扱いである。副館長は意見を求められた側ではなかった。副館長の職務内容が何なのか、理解に苦しむ。職員の給与計算や予算執行の管理だけであれば、館に常駐する必要も内ではあないか。館が新設されたところでこの運営体制は、この人員体制のまま続いていくことは、火を見るより明らかである。人が変わらないのだから。

 

2.閲覧対象書類の閲覧請求に応答できず、総務課長が出張中なので、帰って来るまで待ってもらいたいと私に応答した、事務員も全く対応できなかった。

3.平成26年の集中豪雨による町の浸水時にも、ポンプによる懸命な排水作業に従事していた消防団を独自取材しビデオ編集した素材を知人が公社に持ち込んだ時にも、時の建設課長によれば、事実と異なる取材内容が、そのまま音声付映像でテーブルで放映されたという。本来であれば、専務理事は、町の建設課に事実確認の上、その知人投稿ビデオを放映すべきであった。

4.議員報酬引き上げ議案を上程した中尾博憲町長を被告として、手続き上の違法性を問う裁判が高知地裁に提訴されている。これは、正当に住民監査請求を経た住民訴訟である。地元高知新聞は記事にした。ところが、ケーブルテレビはこれを報道する意志がない。これで町の公共放送と言えるのだろうか。森常勤専務理事の言い分は以下である。

森雅信常勤専務理事:うちの番組のカラーとコンセプトに合わない。

カラーとコンセプトの問題だろうか。そもそも番組の話ではなく、報道の話である。番組と報道の区別が怪しい常勤専務理事の元では、部下が如何に上記の(情熱職員)を体現していたとしても、イベント収録や季節の文物、お知らせ以上の上記の公社理念を具現化するような町の公共放送及び地域映像アーカイブ構築や提供機能は果たせそうもないではないか。それ以前に、公社の実体として、そもそも総務課長がいなければ、事務所が開いていても重要書類が閲覧できる体制にないのである。つまり公益認定は受けても認定法に基づく公益法人としての対外的説明責任の初歩的業務の職務遂行能力に専務理事は欠けると言う事になる。理事には森武士副長、元企画課課長敷敬介氏、評評議員には、総務課長や会計管理室長を歴任した樋口寛氏、現職会計管理室長清遠康彦氏と、議会答弁に立つ(立っていた)人々が役員名簿に蝟集していると言っても過言ではない。評議員会議長の長谷部文男氏(旧窪川町)、由類江秋穂氏(旧十和村)も役場退職者である。彼らは、理事として、或いは評議員としてこのような公運営実態を知っているのだろうか。それには理事会や評議員会の議事録をまず読む必要がある。だからこそ、理事会や評議員会の議事録をHPで公開するよう申し入れている。12月の理事会で取り上げると、企画課課長山本康夫氏からは聞いているので、その結果は、次の機会に報告したい。

議員報酬引き上げの手続の瑕疵を問う裁判の原告は町民であり、被告は中尾博憲町長である。当時議員であり、当の手続の一部始終を目撃した私は、12月8日に予定されている第3回公判で証言することを原告側代理人弁護士から求められている。議会とは、町の意思決定の現場である。議会と町の露骨な裏取引という相貌を呈している議員報酬引き上げ事件こそは、町と議会と町民の関係性の実態である。町の公共放送には、この事件を報道し、多くの町民に対して町政を、知り、考え、判断し、参画する機会を提供する使命があるのではないだろうか。それが上記の公社の理念に合致することではないのだろうか。私はかねがね、なぜ議会放送がアーカイブ化されてオンデマンドで提供されないのかと不思議に思ってきた。設備と技術はあっても、その必要性や意義に対しての認識は周辺に希薄である。議事録が完成するのに定例会で3月、委員会では、1年を要している。情報鮮度がここまで低いと議事録が生きてこない。意志決定の判断材料とならないばかりか、間違いなく、町民の町政への参画の障害となる。「何をやっているか外から伺う事の出来ないものにどうやって参画できるのというのだ。」この外から伺うことを唯一可能にするのが、会議公開の原則と議事録の作成、公表である。知ることは参画の基礎要件である。このことが実に、今だに一般的に理解されていない。知り、考え、参画する人が多ければ多いほど議会が監視する町政の質は上がる。議会を監視するのは町民である。従って議会に対して、監視するための判断材料である議事録を速やかに滞りなく町民に提供するようよう要請することは、町民の責務と言える。

 何をやっているか外から伺う事の出来ない公社や図書館は、直に接してみれば、職員が上司からの明確な指示もない環境で、手探りに近い自己流で運営していることが分かる。そのような運営体制が保持されたままで、多額の税金(16億円)が投下され、複合文化施設が建設されようとしているのである。だからこそ議会の議事録は速やかに作成し、開示させなくてはならない。私が今弁護士から作成を求められている証言のための陳述書も、四万十町議会議事録を基幹資料として構成するつもりである。議会運営員会と全員協議会と本会議の全議事録である。期間は、宮地章一議長、橋本保議長、酒井祥成議長の三代に渡る。議院報酬引き上げが如何に彼らの中長期計画に基づく策謀であったかを議事録及び関連資料を町民に対して何を公表し、何を公表しなかったかの2点から明らかにしたいと考えている。「公表姿勢」には、「説明責任」への姿勢が、そのまま如実に伺われるのである。ケーブルテレビに期待するのは、その「姿勢」を伝えるのは、町の公共放送の責務であるという認識である。

 

西原真衣

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

風力発電と蠢く町政(73)

     下元昇四万十町議会議長は嘘をつく

 面談を申し入れたのは裁判の提訴人である山本たけし氏である。山本氏の同意を得て面談に参加した。高知新聞社の井上記者が現れた、事前予告がなかったらしく、しばしの問答後に傍聴席が用意された。文書で正式に申しれた面談である。記者が情報を聞きつけて飛び込みで取材しても別にいいではないか、と思うのだが。妙な事前調整が多過ぎる。事前調整は一体誰のためなのだろうか。

面談の趣旨は、「議長酒井祥功の名前で、4名の議員に対して為された厳重注意の撤回の申し入れ」である。

文書中に撤回方法も提示されていた。

1.厳重注意をすると言う内容が残る議事録を非公開にする

2.厳重注意という部分を議事録から削除する

以上は、むしろしてはいけないことである。全く賛同できない。厳重注意するという議事録は必要であり、その議事録は既に原告側弁護士の手に渡っている。

「厳重注意は、議員の名誉を棄損し、当該議員の名を代々辱める。」というのが撤回を求める理由らしい。けれども、厳重注意された当時者にその意識があるのか、かなり疑わしい。第一その意識があれば、第三者が撤回を求める前に当事者がその動きを見せてるのが自然ではないか。それは全く仄聞しないのであり、第一町民は4人の議員が議長名で厳重注意を受けたことなど全く知らないのである「厳重注意」に係る議会議事録は議会事務局に保管され、「平成30年12月20日の全員協議会議事録」と日時と会議種類を特定して開示請求しなければ開示されないし、つまり事前にいつどこで厳重注意を受けたという事実を知っている人間しか開示請求に至らないし、世間が知らないままであれば、名誉は毀損されようもないのである。厳重注意など、もう既に決着がついたこととして、今や誰一人気にしていない。「議会内部で勃発し、議会内部で決着した」というのが、彼らの認識の基本なのだ。山本たけし氏には十和村議5期の経歴がある。「議長名で他の議員に厳重注意するなどどいうのは議会の本旨に照らし合わせて言語道断である。」というのは正論である。なぜなら厳重注意の理由が、「議会運営委員会で決めたことを守らなかった。」という根拠のないものであるからである。少なくとも地方自治法、議会基本条例、会議規則、委員会条例に基づかないことは明らかである。町内会であれば話は別だが、痩せても枯れても議会であり、議会であるが故に彼らは、議員報酬を血税から受け取れるのである。けれども現実問題として、山本たけし氏は、法令を丹念に読み込み、読み込んだからこそ彼らの出鱈目さに憤慨している。が方や彼らの方は、法令を読み込まず、又理解しないがゆえに、出鱈目な議会運営を大真面目にやれるのである。言ってみれば、彼らは「それしか思いつかない」のである。「それしか思いつかない」人達に対して憤慨をぶつけても徒労に終わるとは十二分に推測されたからこそ、当初山本氏から一緒に議長に抗議してくれと言われた時も、敢て距離を置いていたのである。一緒に抗議はできないが、下元昇議長の応答は、把握する必要があると考え、同席を申し出た。下元昇議長の応答は案の定であり、「うろ覚え」的に物事を把握、判断しているという人物性がここでも痛感された。元々論理的整合性は望むべくもないが、それ以前に中身がないのである。卵に例えば、割ってみれば、黄身のない白身だけのような不気味さである。言動が丸ごと白身なのである。肝心要の核の部分がなく、保護膜だけでできているという不気味さと言ったら分かってもらえるだろうか。現況中継する。

下元昇議長:今日は、山本さんの思いをじっくり伺うつもりであるが、この後予定があるので、会見時間を1時間にして欲しい。(ヘラヘラとうすら笑いを浮かばせながら)

ここにある、議事録非公開と厳重注意の部分削除が、厳重注意の撤回方法ということやけんね。議長会(高知町村議会議長会)に、それができるかどうか事務局に聞いてもろうたけんね。自分は直接直に聞いていないけんね。事務局から説明してもらうとことでかまんやろか。

 議長会に聞く前に、議会は、四万十町情報公開条例の実施機関であるので、自らが情報公開条例に基づいて判断しなくてはならないのではないか。この時点で、議長会判断という権威に阿っている、長念い議員歴で習い覚えたことは、これだけか。行政に対して情報公開を迫り行政監視ができない理由はまずここにある。条例本体を読み込むという作業を怠ってきたのである。議長会に聞かなくても、解答は以下である。

「開示請求があれば非公開にはできない。非公開理由に該当しないからである。」

「厳重注意という文言も削除できない。議事録の改竄になるからである」

さらに、

下元昇議長:本会議での発言であれば、議長権限で議事録から削除できるけんどこれはそうじゃないけんね。秘密会であれば非公開にできるけんど、秘密会でもないけんね。

何をほざく、と思いながら聞いた。厳重注意した側が削除を求めるはずがないじゃないか。秘密会にするはずはもない、議会内部の見せしめが目的だからである。私を参考人招致した政治倫理審査会は、秘密会にした。私の本会議発言は議長権限で何度も削除された。議事録に残せば、彼らと執行部の双方が都合が悪いからである。彼らは利益共同体なのだ。議員報酬引上を正当化したい側として、秘密会にする必要はなく、議事録は残す必要はあったのである。威圧するという議会の内部統制が目的であったからである。

「彼らに取って議事録とは、町民に対する説明と検証のためのものではなく、内部統制の具である。だからこそ自らは決して公開しない。」

下元昇議長は「議会の見える化」を演説して議長選に勝った。これが、今期の嘘の始まりであった、この人は正真正銘の大嘘つきなのである。

「議長に厳重注意する権限はない。厳重注意で、厳重注意を受けた議員の名誉が毀損される。孜々累々まで辱めを受ける、故に速やかに撤回せよ。」というのが山本氏の主張である。が、正確な状況把握の上に立ってよく考えてみれば、町民は4名の議員が厳重注意を受けたことなど全く知らないのだ。第一彼らは全員協議会の場で謝罪したのである。議会運営委員会で決めたこと、つまり、「議員報酬引き上要望書を中尾町長に提出して、町長から議案上程してもらい、一気呵成に可決する」という暗黙の了解を破ったことをあっさり認めて、「議会運営の仕組みが分かっていなかった」と全員が謝罪したのである。新聞記事が出て選挙を控えて、狼狽して咄嗟に反対する振りをしたという挙動を正当化できる理由は、さすがに見当たらなかったのである。この厳重注意は議会の内部統制の道具立てに過ぎない。同じ5期目の議員であっても下元昇議員は山本たけし氏のような単独プレーができる力量を持ち合わせていない。懲罰を与えるべきという意見(味元和義議員、橋本章央議員)を制して厳重注意での幕引き発言をしたのがこの下元昇議員であった。「謝罪もしたし、反省の色もあるし、厳重注意でいいんじゃないか。」である。だから、厳重注意を受けた議員達は、名誉を棄損されたなどとは毛頭思わず、むしろ留飲を下げたはずである。この件が選挙時に封印された効果か否か、立候補しなかった下元真之議員を除いての残り3名は再選を果たし、引き上げられた報酬分もしっかり受け取れていることだし、万時めでたしめでたしなのであろう。現議会の光景がそれをつぶさに物語っているではないか。「一見は百聞に如かず」である。

 統率力と判断力の欠如を「穏便」で補う下元昇議長

槙野章議員不倫事件の時もそうだった。実に「穏便」に対応した。この時も「全員協議会を途中から秘密会にして、槙野章議員を他の議員に謝罪させて幕引きを図った」と事務局長から聞き出した。それも偶々下元昇議長と長年懇意な知人から、「あの謝りか方じゃ、いかんと皆が言っていた。」と「議員の一人」から聞いた」と事前に聞いていたから事務局を詰問できたのである。「議員の一人」とは、下元昇議長以外には考えられない。「槙野章議員の引き起こした不祥事について一先ず議長として謝罪させたが、本人の反省振りが疑わしいと、議員仲間が言っている。困ったもんだ。」と知人に言いそうである。槙野章議員は、議長に「うつ病」という診断書を提出し、議長の許可を得た挙句昨年9月の定例会を全日程欠席し、その間出歩いて大いに町民の顰蹙を買い、一時町民間で「議員辞職論」も飛び交っていたのだ。私見では、百歩譲って不倫事件は議場外の私事であるが、その不始末を原因とする本会議欠席中の出歩きは、「本会議軽視という政治倫理上の議会議員の品位を貶める行為であることは明らかである。従って、下昇議長は議会に諮った上で、本人に本会議場で町民に対して謝罪させるべきであった。ところが、下元昇議長にはこの判断力がない。それは、この人物に、法令を理解する能力が欠けているからである。これは事実である。いかに法令を理解する能力が欠けているかは、以下が事例が物語っている。私の場合は、秘密会の議事の漏洩で、会議規則違反となり懲罰の対象となった、全て本会議で、公開の場で行われた。下元昇議長は、私の知人に、秘密会の議事である、「全員協議会の場で、槙野章議員に他の議員に対して謝罪させた。」を漏らしているではないか。本来ならば私と同様に、秘密会の議事の漏洩で、会議規則違反となり、本会議の場で懲罰事犯の疑義を提示され、議決を経て、本会議場で懲罰を受けなくてはならないはずである。私の場合は秘密会の議事漏洩で、公開の場での陳謝文の朗読と出席停止まで行ったのだ。一先ず法治国家自治体に設置された議会が、このように出鱈目に運営されていいものだろうか。いいはずが無い。そこで私は、過去に議長室で、直に下元昇議長に直に確認を試みた。

西原:ひょっとして槙野章議員を他の議員に謝罪させたという秘密会の議事を親しい人に漏らさなかったか。

下元昇議長:そんなことをしたら大変なことになるけんね。

これは嘘である。下元昇議長は現職議員の誰よりも、この知人と親しいことは周知の事である。この人がなかなか議長になれなかったのも、元を質せばこの辺の資質に起因しているのだろう。信頼されないのである。私自身もこの人物には虚言癖に近いものを感じ続けて来た。四万十町議会は町民に対しては、裏で申し合わせて「議会として」平気で嘘をつくが、いざ議長選となると今までの議会内部での議員間の好き嫌いを含めた人間関係が影響するのは他の人間集団と同様である。

面談に戻って、さあ予定時間が近づいている。この際厳重注意に関しての、私にとっての下元昇議長の言質を取らなくてはならない。

私:厳重注意は、改選後にも生きているのか。また厳重注意を町民は知っているか。

下元登議長:酒井議長から引継ぎは受けていない。けんど議会運用基準165条に基づいているので無効にはできんけんね。厳重注意はどうやったやろう。議会だよりに載せたんじゃなかったやろか(長谷部事務局長の顔を伺うそぶりを見せる)

 議会運用基準とは運用マニュアルであり、公知の物ではない。元々厳重注意という懲罰の根拠になるものではない。議会日程や一般質問の順番が自由討議の演目を決めた後で、165条「これを遵守する」と念を押しているだけである。懲罰の根拠になるのは、自治法、会議規則、委員会条例だけである。下元昇議長は、やはり法令を理解できないのである。議会だよりには断じて載せていない。虚言癖がここにも出た。さて、面談も最終幕に近づいた。山本氏の激昂は留まるところを知らず「総務課長より偉い、強い権限を持つ議会議長ともあろうものが、対峙すべき執行部に平伏してお願いする(要望書を出す)とは何事か。」という頂に上り詰めて来た。いよいよ山頂か。

下元昇議長:あれ、なんやったっけ運用基準の、

長谷部事務局長:運用基準じゃなくて議会基本条例23条の

下元昇議長:ああそうそう基本条例23条に、報酬等審議会の意見を参考にするという条項があって審議会は町長の諮問機関なので、その手法が書かれているので、そっちでやったということやけんね。そういう方法が書かれてあるけんね。

私は、遂にいたたまれなくなって退室した。議会基本条例23条を体系的に理解できないのである。1項は議員報酬の見直し時には報酬等審議会答申を参照すると規定しているだけであり、「町長発意を要望によって促して1項の手法を偽装する」という想定はない。第一手法の提示ではない。首長には条例改正議案の提出権が有るので議員報酬引改正(引き上げでも引き下げでも)議案を提出できる。それは言わずもがなの事である。わざわざ議会基本条例で規定するようなことではない。訴訟の最大争点が1項を援用した2項の潜脱であることさえ、下元昇議長は理解できていないのだ。ここに至っては、議会基本条例を理解できない議会が、同じく理解できない首長に阿り予算を付けてもらって大団円に至ったと受け取っているという構図しか浮かび上がってこないのである。

税金という同じ釜の飯を食うという宴をなじみの人間同士でダラダラ続けたいだけである

これが令和2年、西暦2020年の恐らく日本全体の政治の光景である。ああ無情、老いゆく日本は、一体どこに行きつくのだろうか。

西原真衣

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

風力発電と蠢く町政(72)

       被告準備書面から学術会議を見れば

学術会議の任命を巡って、国会の閉会中審議が中継されている。「学問の自由」というのがこれほど表に出てきたことは昨今記憶にないし、この事件をきっかけに「学問の自由」について自分ながらに考えてみた。今まで特に意識したこともない「学問の自由」である。まずこれは、日本国憲法 第28条 学問の自由は、これを保障する

が根幹にあることは誰も否定できない。自由とは何か。そして保障するのは誰かと基本的なことを考えてみた。保障するのは、国家である。自由とは、自らを由(理由)とするということだろう。婚姻の自由や職業選択の自由や移動の自由、集会の自由や表現の自由も全て「自由」は、「自ずから決定する」という意味を付与されていることは明らかである従って自由とは学問をする側固有の自由である。その意味では、本来は個々の国民固有の学問の自由である。国家が個々の国民に学問の自由を保障するという事である。今回が学術会議という政府機関の会員任命を巡る、「学問の自由」問題提起であるからには、まず憲法で保障されている学者個々の学問の自由から出発して、政府機関として設置されている学術会議の存立根拠をまず確認する必要がある。政府機関として設置されているからには、学術会議の会員は、政府答弁でも引用された、憲法15条に規定される公務員と言えるのだろうか。ここも要確認である。まず憲法15条では、

〔公務員の選定罷免権、公務員の本質、普通選挙の保障及び投票秘密の保障〕

第15条 公務員を選定し、及びこれを罷免することは、国民固有の権利である。

2 すべて公務員は、全体の奉仕者であつて、一部の奉仕者ではない。

3 公務員の選挙については、成年者による普通選挙を保障する。

4 すべて選挙における投票の秘密は、これを侵してはならない。

     選挙人は、その選択に関し公的にも私的にも責任を問はれない。

と書かれていることからして、一般職の公務員と特別職の公務員が該当する。自治体首長及び議会議員は特別職の公務員である。国会議員も特別職の公務員である。では学術会議の会員は国民固有の権利として任命罷免の対象となる公務員と言えるのだろうか。

以下学術会議法には、

第一条 この法律により日本学術会議を設立し、この法律を日本学術会議法と称する。
日本学術会議は、内閣総理大臣の所轄とする。
日本学術会議に関する経費は、国庫の負担とする。

と規定されているだけである。おまけに、

第三条 日本学術会議は、独立して左の職務を行う。
一 科学に関する重要事項を審議し、その実現を図ること。
二 科学に関する研究の連絡を図り、その能率を向上させること。

と規定されているここでの「独立」が政府からの独立であることに異論はないだろう。この「独立」を具現化する上で、国家行政組織法を参照しなければならないらしい。国家行政組織法8条には、以下の規定がある。

(審議会等)
第八条 第三条の国の行政機関には、法律の定める所掌事務の範囲内で、法律又は政令の定めるところにより、重要事項に関する調査審議、不服審査その他学識経験を有する者等の合議により処理することが適当な事務をつかさどらせるための合議制の機関を置くことができる。
(施設等機関)
第八条の二 第三条の国の行政機関には、法律の定める所掌事務の範囲内で、法律又は政令の定めるところにより、試験研究機関、検査検定機関、文教研修施設(これらに類する機関及び施設を含む。)、医療更生施設、矯正収容施設及び作業施設を置くことができる。
(特別の機関)
第八条の三 第三条の国の行政機関には、特に必要がある場合においては、前二条に規定するもののほか、法律の定める所掌事務の範囲内で、法律の定めるところにより、特別の機関を置くことができる。
この8条を一瞥すれば、日本学術会議が、8条の3に該当する合議体の審議会ではなく、特別の機関であることが分かる。事実つまり行政府の諮問に応じて答申を出す審議会委員の任命とは異なり、選任段階で政府の意向が反映されることが位置付的に許容されている機関とは異なるということになる。日本学術会議法にも以下のように明記されている。
第七条 附則第一条第二号に掲げる規定の施行の際、総務省本省に国家行政組織法(昭和二十三年法律第百二十号)第八条の三の特別の機関として置かれている日本学術会議及びその会長、会員その他の職員は、内閣府本府に内閣府設置法第四十条の特別の機関として置かれる日本学術会議及びその相当の職員となり、同一性をもって存続するものとする。
 学術会議法に基づけば、憲法28条に基づき国家によって保障された(国家の介入を受けない)学問の自由の下で、学術会議会員の選考委員会の推薦によって選任された
名簿の形式的任命(任命拒否の排除)が、法律の改正時の解釈であると、国会審議で示されている。以下は、共産党の田村智子議員の質問内容からの抜粋である。
 
「1983年11月24日の参院文教委員会で丹羽兵助理府総務長官は「形だけの推薦制であって、学会のほうから推薦をしていただいた者は拒否はしない、そのとおりの形だけの任命をしていく」と答弁していた。」
 
これは、昭和58年の学術会議法の改正時、中曽根康弘政権時の事のようである。改正のポイントは、学術会議の会員の選を学者間の選挙制から推薦制へ改正したということである。であれば当然推薦と任命に係る改正時の解釈には、今に至るまでの継続性が当然求められる。ところが今回国家、言い換えれば時の政府が隠然と標的を絞り込んで部分的に任命拒否したのである。だからこれは、「学問の自由とは関係ない」とは決して言えない。その行政権の行使は、憲法に淵源を持ち、学術会議法に具現化された「学問の自由」を簒奪することに他ならない。更にこの機に及んで、憲法15条を持ち出して、政府行為を正当化している。「公務員の任命権、罷免権は国民固有の権利である」の国民固有の部分の解釈が、完璧に抜け落ちているのではないだろうか。菅首相がもし、「学術会議は国庫負担で運営されているので、即ち会員は公務員であり、選挙で選出された国会議員の中から指名された首相である自分が国民固有の権利を行使できない訳がない。」と本気で思っているとしたら、これはかなり空恐ろしいことである。なぜならこの論法は、私が体験した高知県西部の僅か人口17000人の一次産業の町四万十町議会を当時牛耳っていた面々と同一の論法であるからである。これを一般に理解してもうには、まず「議員全員協議会」という会合の位置付を知る必要がある。この会合にはどのような法的根拠があるのか。まず
地方自治法100条12項には

 議会は、会議規則の定めるところにより、議案の審査又は議会の運営に関し協議又は調整を行うための場を設けることができる、とある。これを受けて

四万十町議会会議規則

(協議等の場)

第128条 法第100条第12項の規定による議案の審査又は議会の運営に関し協議又は調整を行うための場(以下「協議等の場」という。)を別表のとおり定める。

2前項に定めるもののほか、協議等の場を臨時に設けようとするときは、議会の議決でこれを決定する。

③前句の規定により、協議等の場を設けるに当たっては、名称、目的、構成員、招集権者及び期間を明らかにしなければならない。

以上のように規定されている全員協議会という場で、実に不埒なことが発言された経緯がある。休憩時間であったので、議事録には残っていない。発言内容は以下である。
 
ある傍聴者:ここでそんなこと勝手に決めていいんですか。
橋本保議長:話にならん。我々は町民から選ばれた立場だ。だから我々がここで決めたことは、町民が決めたことと同じだ。
堀本伸一議員:話にならん。当たり前の事だ。
当時の議長橋本保議員と堀本伸一議員によって展開されたこの屁理屈は菅首相の答弁、
第十五条 公務員を選定し、及びこれを罷免することは、国民固有の権利である。
故に、国民から選ばれた国会議員からなる政府は国民固有の権利を代行できると同一のものである。この粗雑な認識が孕む危険性とは、全員協議会という単なる協議の場で 議員全員を縛る申し合わせ、不文律が形成されていくという事であり、主権を付託している選挙民からはそれが見えないという事である。菅政権がやっていることはこれである。見えたら困るので見せない、つまり答えないのである。「答えないとは答えれないからであり、答えれないことをやることに自分達だけの意義がある」という事が、橋本保議員、堀本伸一議員発言から如実に分かる。つまり菅政権は四万十町議会と同レベルであると言う事であり、全く持って信じがたいほどに低劣である。いったん選挙で選ばれたからには議会内部で異論が出なければ、勝手に何をしてもかまわない、ということを四万十町議会の面々同様、公然と言っているのである。これが実に空恐ろしい。これは、本質的に議会の私物化そのものである。私物化の果てに議員報酬が一挙に4500円引き上げられたという事を四万十町民は看過できるのであろうか。しかし彼らは再選された。
この陳腐さが、全体主義を醸成させる土壌であるとしたのが、ナチスアイヒマン裁判を全て傍証して「全体主義の起源」を書いたハンナ・アーレントの説であるらしい。
 私は傍聴者ではなく、全員協議会の構成員としてそこに居たので、この出来事が今回想起されたのである。更に興味深い出来事がある。議員報酬引き上げを巡る裁判の被告は四万十町中尾博憲である。今回私が想起した当時の議会が中尾町長に要望書を出して、町長提案で議員報酬引き上げ議案を上程してもらったことは周知の事実である。反対討論に立った議会運営委員会の委員である、中屋康、武田秀義、下元真之、岩井優ノ介の4名に、全員協議会後に「厳重注意文」が手渡された。原告側の谷脇弁護士は、この議会の所作が議会基本条例23条2項の潜脱の証拠と主張している。因みに潜脱とは、望む結果(議員報酬引き上げ)を得る目的で、法律(条例)の規定を意図的に迂回する事を意味する。
議会基本条例23条とは、

(議員報酬)

第23条 議員報酬は、そのあり方を含め、その額が議員の職務及び職責に見合うよう適時に見直しするため、特別職報酬等審議会条例(平成18年四万十町条例第36号)に定める審議会の意見を参考にするものとする。

2 議員又は委員会が議員報酬の条例改正を提案する場合は、専門的知見並びに参考人制度及び公聴会制度を十分に活用し、明確な改正理由を付して提案するものとする。

2項の議員提案であれば、専門的知見並びに参考人制度及び公聴会制度を十分に活用し、明確な改正理由を付して提案」しなければならなくなってくるために、これを潜脱するために、首長に要望を出して、1項の報酬改正手続きに持ち込み、本会議で賛成するよう」議会内部で仕向けたと主張しているのである。その証拠として、

1反対討論者を「厳重注意」した

議員定数を削減しその後に首長提案で議員報酬を引き上げた議会を3箇所意図的に絞り込んで視察に行った。

挙証事実として挙げている。この原告準部書面に対して被告側の町顧問弁護士行田博文弁護士は、以下のように反論している。被告準備書面(2)を公開する。

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視察先選択の理由が、檮原町議会が、報酬報酬改正が議会提案となっているが、これは事実に反する。私は直に檮原町議会事務局に問い合わせていたので知っているのだ。これを長谷部議会事務局長に指摘したら、大慌てで友永書記に檮原町議会事務局に電話で問い合わせて、総務課を通じて行田弁護士に通報したという経緯がある。つまり、町側は、議会事務局を通じて偽の情報を受け取って弁護士に返していたということになる。これは完璧な事実の偽造である。次に「厳重注意が全員協議会の決定に基づき、厳重注意については、条例や規則にはない」と公然と書いている。厳重注意については、まず、前述したように地方自治法と会議規則に照らし合わせて、全員協議会は意思決定の場ではないという基本の脱落がある。「厳重注意」とは懲罰の一種であり、本来本会議の場で議決を経て、懲罰は決定される。会議公開の原則と議会の自律性に照らし合わせて、全員協議会の決定で懲罰が下されることは、本質的に違法である。

地方自治法

第十節 懲罰
第百三十四条 普通地方公共団体の議会は、この法律並びに会議規則及び委員会に関する条例に違反した議員に対し、議決により懲罰を科することができる。
○2 懲罰に関し必要な事項は、会議規則中にこれを定めなければならない。
第百三十五条 懲罰は、左の通りとする。
一 公開の議場における戒告
二 公開の議場における陳謝
三 一定期間の出席停止
四 除名
○2 懲罰の動議を議題とするに当つては、議員の定数の八分の一以上の者の発議によらなければならない。
○3 第一項第四号の除名については、当該普通地方公共団体の議会の議員の三分の二以上の者が出席し、その四分の三以上の者の同意がなければならない。
第百三十六条 普通地方公共団体の議会は、除名された議員で再び当選した議員を拒むことができない。
第百三十七条 普通地方公共団体の議会の議員が正当な理由がなくて招集に応じないため、又は正当な理由がなくて会議に欠席したため、議長が、特に招状を発しても、なお故なく出席しない者は、議長において、議会の議決を経て、これに懲罰を科することができる。
以上懲罰が議決によらなくてはならないことが、明記されている。そして全員協議会とは議決を取る場ではないのである。町の顧問弁護士、行田氏はどうしてここまでいい加減な準備書面を用意できるのだろうか。
   町側弁護士は、やる気がないのであろうか
この裁判は、監査請求を経た住民訴訟であり、訴えの相手、被告は行政トップである。原告は裁判費用を自己負担し、被告側は全部公費で賄うのである。町側の弁護士からすれば、勝っても負けても、弁護士報酬は公費から受領できる。勝てば、増額になる可能性もある。結局やる気も起きないと言う事か。それであれば、この機会に行田弁護士の仕事ぶりについて、自分の経験という視点からの評価を試みたい。学術会議の推薦者の6名拒否について、政府側は、「任命しなければならないとも、任命拒否できないとも書いていない。」と答弁したらしいが、行田弁護士も被告準備書面上で、「厳重注意に係る条例、規定はない」と書いている。「書かれている」ことの額面だけで法の趣旨を推し量るのか。実に苦し紛れである。制定時の趣旨と想定こそが、法の制定目的であり、法益であろうに。この行田弁護士は、私が「西原真衣議会報告」を町立図書館の一角に議会共有スペースを設置して置かせてもらいたいと川上哲夫教育長と辻本明文生涯学習課課長に要望した時も、彼らの相談を受けて「公の施設の貸付け、譲渡に当たるので、条例を制定するか議決がいる。」と回答した。確かに地方自治法には該当する規定が在る。ところが私が総務省行政課に対して「公の施設の貸付、譲渡とは、どのような事例を想定しているのか」と聞けば、「売店や食堂の庁舎内設置」と答えたのである。つまり、法の趣旨は、「営利目的の民間事業者による公の施設の占有時には、条例化も含めた議決(町の意思決定)がいる」である。「西原真衣議会報告」を図書館の一角に置くことは営利目的の民間事業者による公の施設の譲渡、貸付に該当するのだろうか、この回答の不真面目さと今回の被告準備書面の不真面目さは、さすが同一弁護士によるものである。町側の問い合わせに適当に答えていれば、それで済んで来たという事がよく分かる。それもこれも町の職員が不勉強極まりないからである。町の顧問弁護士と町職員の双方が実に町民に対して不真面目である。今回も住民訴訟何するものぞ」という驕りと慢心が書面に現れているような気がしてならないのである。町民が町長を提訴した、この機会に、立法行政、司法の三権分立(中学校の公民で習った)が、真に、権力の抑制と均衡という本来の機能を果たせているかの生きた教材ともいえる裁判が進行中である。人材育成を言うならば、この裁判を主権者教育に使わなくてどうする、などどつい思ってしまうのだが、現実は、若手町職員は新聞を読まず裁判の事実さえ知らないのである。結局、「法治」は文字離れから綻び、滅ぶのだろう。全体主義への道程は多分こういう姿をしていたのではないと想像する。「検索栄えて、国家が綻ぶ」。そう言えば前回の選挙時にも村井真菜陣営に「議員体験を話してくれ」とオファーを受け、それに応じたが、自分が向こうの目論見に沿って「検索」されているよう感じたことを思い出す。「検索」では、菅首相の言うような、総合的、俯瞰的視点は獲得できないだろう。つまり全貌が見えない。視界不良に陥るのである。さらにもう一つのそう言えばがある。被告中尾博憲町長、来客対応や庁内打合わせ時以外は町長席でいつもスマホをいじっている。廊下から丸見えでも平気の平左である。部下も議会議員も新聞など読まないはずである。こんな楽な町長はいない。彼らにとっては、今や職場は、間違いなく楽園であろう。では町民にとっては。間違いなく災厄である。
        
西原真衣

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

風力発電と蠢く町政(71)

 

                     酔っ払い男はなぜ女に電話したがるか  

 

 議員時代以来久しくなかったが昨夕、酔っ払い匿名男が私に電話をかけてきた。匿名、酔っ払い、憂さ晴らし電話である。性別はもれなく男である。議員であり(あった)、女であるから電話したくなるのである。憂さ晴らしには格好の相手と見なしているのだろう。夕食時にうっとおしいことこの上ないが、ここでやり過ごしてなるものかという持ち前の闘争心がむくむくと頭をもたげてくるのを感じながら、受話器を握り続けた。要は、何が言いたいがために電話してくるか、である。しかも、匿名で、酔って。参考までに会話を再現する。

男:議会を見ているがマニュアル通りで面白くもなんともない、あんたにも当初は腹を立てていたが、今になってみるとあんたのほうがましだったような気がして来始めた。もう一回議員をやる考えはないか。

私:考えはないが、この機会に、私の発言のどのような所に腹を立てていたのか教えくれる気はないか。

男:当時付き合っていた百姓の所に行っていた彼女が、よくあんたの悪口を言っていた。「しょっちゅう来てあの女は一体何だ。」

私:彼女は関係ないんじゃないか。

男:彼女に嫌われるのは嫌やったも。

ここでこの男が「真正バカ」であることが判明したが、妙な啓蒙心に駆られた私は続けた。この辺が、私のわきが甘いところである。

私:私が議員を今さらやったところで何も変わらない。それより多くの町民が今の議会に「デキレースは止めろ。」という声を届けて欲しい。一般町民は匿名で構わない。その声が届いていないから議員連中は、高を括って「出来レース」を続けているのだから。

男は少し神妙な風情を見せた。

男:あれ、質問内容は事前にわかっちゅうがやろ。

私:質問通告というのがあるから、分かっている。

男:議員に言ったことはある。

私:どの議員に言ったのか。

男:それは言えない。

私:なぜか、議員名が言えない理由はないだろう。

男:自分の身分が分かるし、妻の立場にも影響が出る。

「身分」ってなんだろう。「特定化される」という事以上のニュアンスが感知される。役場職員かもしれない。いや役場職員にしてはバカ過ぎる。けれども当時の彼女が「あの人ちょっ中来てなん何だ、忌々しい。」と私のことを言っていたとすれば、そこは、間違いなく役場である。

男:あんた職員の時間外手当のことを言ってただろう。

私:言いましたよ。

男:今からあんたにおいしい話を教えてあげる。

男:彼女から聞いた。真面目に仕事があって残業している職員もいる。が人によっては、家のローンの返済のために計画的に残業している。

私:残業については、「職員が特定化される恐れがある」を理由に職残業部分の務内容が議会で明らかにされてこなかった。情報公開条例と個人情報公開条例の解釈が間違っている。「職務内容は個人情報に該当しない」と明記されている。

男:そんなことはどうでもいいから。

私:どうでもよくない。ここが最も重要である。

この匿名酔っ払い男は、「おいしい話」で私の歓心を買えると本気で思っているのだろう。議会質疑の膠着状態の本質には全く関心を示さない。恐らくそのような歓心しか示さない議員を見続けて来たのであり、それらの議員と同様、条例などというものに関心が端からないのだ。第一おいしい話」などという表現が下劣である。名前は出せないと言っていながら、おそらく彼女が役場関係者(臨時職員)であったから知り得た内輪情報であり、その彼女が役場に日参する私に秘かに反感と嫌悪感をたぎらせていたという状況証拠を提供しているではないか。いずれにしてもこれ以上話してもせんなきことである。だがこれだけは言っておかなくてはならない。

私:あなたは妻(女)に配慮しているように見せかけて実は妻(女)に依存して生きている男なんですよ。(私に酔って電話してきて、議会放送にかこつけて、別れた彼女のことを延々と引き合いに出す。この男は別れた彼女に電話する代わりに私に電話して、彼女の思い出場を私に聞かせて、彼女を偲んでいるのである。その彼女が私を嫌いで、関連で私のことを思い出したのである。何というずうずうしさ且つ往生際の悪さだろう。)今の議会がデキレースで怪しからんと思うのなら、現職議員にそれを伝えるのが先決じゃないか。同じように酔っぱらって、他の男の議員全員に同じ内容の電話をしなさいよ。

ガチャと電話を切った。二度と電話してくるなと思いながら、そこは生来のしつこさでNTTの番号探知機能を使い、この男の電話番号の探知を試みた。「番号登録がありません」と応答された。携帯から固定に電話してきたのである。発信元が分からないような方法で、匿名で言いたいことを言うために電話してきたのである。後日文句をいわれたら、会話内容をブログに書いていいかどうか本人に許可を取りようがなかったと、言ってやるつもりだ。僅か5年間議員をやっただけでここまで警戒心、猜疑心が強くなるのである。

 議員という立場と女が合わさると、社会的正義感の皮を被った「やっかみ、妬み、嫉み」という人間(ここでは男の内面にある)の原初的な動物感情を、ぶつける格好の餌食にされるのだ。「あんた議員やろう。話を聞かんでええがかよ。次の選挙が気にならんがかよ。」という恫喝である。その根底にあるのが、男の中にある私に対する生意気な、気に障る女という、自己処理できない感情である。こっちはこのような低レベルの男相手に、「礼儀正しく対応する」という感情労働を強いられるのは今更まっぴらである。私は幼稚で馬鹿な男のケアワーカーを買って出るほどのお人良しではないのである。質問通告の事も今の議員連中の心理構造の事も時間手当に係る条例の事も教えてやったではないか。有難いと思え。

 ところで、本題に戻る。注目すべきは、男が使った、この「身分」という言葉の使い方である。今を遡る事10年、衆議院予算員会を傍聴したいと思った私は、衆議院HPに記載されている「衆院予算員会の傍聴には国家議員の紹介がいる」を見て、山本有二事務所に電話して、「選挙区の人間だが、予算員会の傍聴を紹介してもらえないか。」と頼んだことがある。すると、前田真二郎という名の山本有二の秘書から電話がかかってきて、「あなたの身分について伺いたい。」と聞かれたのである。「身分」って何と答えればいいのか。「自民党員」でもないし、唯一思い出すのは、実弟の結婚式に山本有二出席し、隣の席にいたので原発事故についてナトリューム冷却がどうのこうのの話をしたことと、総務省とかかわりのある日本電算企画という団体が発刊している、「補助金総覧」について、新庁舎の本会議室お披露目に見かけたときに何らかの質問をしただけである。これが山本有二との接点の全てなので、「身分」には答えようがなかったが、とにかく、衆議院予算員会の傍聴を紹介するか否かは、自民党としては「身分」によるらしい。ここで政権与党である自民党という政党を認識する上でのキーワードとして「身分」が浮上して来た。これに絡めて非常に気になったのが、先日の新聞報道である。以下、9月26日(土)配信デシタル朝日から引用する

 杉田氏は同日開かれた、来年度予算の概算要求の説明を受ける党の内閣部会などの合同会議に出席。会議は非公開だったが出席者によると、性暴力被害者を支援するための相談事業に関連し、杉田氏は元慰安婦支援団体に触れたうえで、事業を民間団体に任せることを批判。「女性はいくらでもウソをつけますから」と発言したという。  会議後、杉田氏は朝日新聞などの取材に「そういう発言はしていない」と否定。元慰安婦支援団体を話題にしたとされる点については「聖域になり、誰も切り込めないようになってはいけないという指摘はした。」と説明した。

この発言を巡り、まず性被害者の支援団体フラワーデモが議員辞職を求めるネット署名を開始した。これは、まもなく10万筆に届こうとしているらしい。私も署名した一人である。この署名サイトで、「本人は否定しており証拠がない以上これは魔女狩りではないか。」という書き込みを発見した。実に一見もっともらしい。理があるような錯覚が起こる。これは危険だ。そこで早速自民党本部に電話した。

「杉田議員の発言の真偽を確認したい。どの様な方法があるか教えて欲しい。」と切り出した。

自民党本郡で担当部署に回された。野太いドスの効いた声音の男性が応答した。私は官僚とはやり取り歴があるので全く声音が違う所が面白い。

私:報道によれば非公開と書いているが、各府省の概算予算要求資料は地元の議会の議会図書室で見たことがある。この資料自体は非公開ではないのではないか。

自民党本部:全部が電子化されている訳ではない。自民党は長年政権与党として議長会や知事会と年密接な関係にある。議長会を通じて、或いは都道府県会館に入っている各県の東京事務所を通じて概算要求資料が、都道府県に渡り、それに基づいた県(知事)からの要望聴取が為されてきた。内閣部会というのは自民党の内部組織であり、予算要求に対する自民党の承認を得る場でもある。慣例としてずっと非公開で開催し、議事録も取っていない。会議開催議後本題に入る前に、報道された共同通信等の新聞記者には退室してもらっている。その後彼らは会議室の扉に耳を付けて会議内容を伺っている。議事録を取らない理由はその方が、全体的に和やかな雰囲気の中、フリートークに近い自由闊達な議論が出やすいからである。一々議事録を取らないからギスギスしないで和やかにやれる。杉田議員発言は、本人が否定している以上、それが全てだと捉えている。

 結論から言えば、発言の真偽は確認しようがないのである。結果として、杉田水脈議員に「女である杉田水脈がいくらでも嘘がつける」環境を提供しているのは自民党本体である。この自由闊達にものが言える環境こそが、この女性議員が自己を他の女性議員から差別化させ、自民党女性議員としての商品価値を吊り上げさせる格好の機会を与えているのである。ただしここでの商品価値とは、あくまで政権与党たる自民党幹部から見た商品価値である。「煽り」がこの女性議員の本質であり、夫婦別姓や性被害の救済という「政治的公正さ」というものに反感と苛立ちをつのらせている層の「感情の救済役」として杉田水脈は実に使いでがあるのだろう。実際ある情報筋によれば、安倍晋三は、この杉田水脈について「杉田さんはすごい」と周辺に漏らしていたという。結局政権与党にあって野党にないのは、人間を動かすのは、特に人間の原初の闘争本能が喚起される選挙結果に作用するのは、人間の自尊感情を司る「好き嫌い感情」であり、決して「政治的公正さ」はないという、深い人間理解なのである。さすが長年の政権与党に蓄積された人間理解の深さ、と一先ずは認めておきたい。それに第一煽れば勝ちとは、SNS時代に適合している。さて、署名を受け取った、野田聖子橋本聖子の御自民党女性議員の対応を注視してみよう。稲田朋美の対応も注視対象である。日本に女性議員が少ない真の理由が徐々に炙り出されてきそうで目が離せない。

 

追記:「総理」の著作があるTBSデレクターで元ワシントン支局長の山口敬介氏を訴えた伊藤詩織さんとテニスの大阪直美さんが、米誌タイムの「Woman  Of  The  Year」に選ばれた。伊藤詩織さんは杉田水脈応援隊の漫画家「はすみとしこ」も訴えている。「はすみとしこ」は伊藤さんをSNS上でイラスト入りで枕営業の失敗」と揶揄しており、杉田水脈は実名でこれに「いいね」を押している。因みに山口敬介氏は伊藤さんが「嘘をついている」と言い張っている。嘘は嘘でも、日本人一般を騙すよりタイム誌を騙す方が遥かに難易度が高そうであるので、現況ではタイム誌の評価の方に肩入れしている。

西原真衣

 

 

 

 

 

 

 

 

風力発電と蠢く町政(70)

            風力発電はどうなる

 

 大藤風力発電所は、予想出力が146MW(最大設置基数49基)で、実現すれば日本最大級となる。伊方原発の発電能力が、運転終了となった1号基と2号基を覗いた3号基だけで85万kwなので、伊方原発3号基のおよそ1/6の出力となる。四国電力HPによれば、伊方原発は四国の電力需要の40%を賄っていたらしいので(1号基2号基3号基全部合わせたの合計出力合計220万kwで計算)その割合で試算すれば、大藤風力発電所は、四国の電力需要の2.7%を賄える計算となる。それはさて置き、風力発電事業計画にはこの規模からしての懸念が町民から少なからず寄せられている。

まず土砂災害であるオリックス社による排出土砂の試算値もなく、「山で収支均衡」としか方法書には書かれていない以上、懸念が払拭できないのにはそれなりに合理的な理由がある。山の山頂は知人の陶芸家武吉氏によれば、傾斜角度40度であり、このような所に高さ120m , 直径80mの飛行機並みの大きさの風車を49基も立てる(占有面積1640ha, 管理道 9km)のは、工事自体がそのまま大規模土砂崩れを誘発する、なぜなら幡多地区の山は水成岩で(過去に海底であり隆起して山となった)なので大雨が降れが容易に土砂化すると、言い切っている。参考までに武吉氏が送ってくれた図面を挿入する。武吉氏は2万5千分1の地図から一等高線から立体化し模型を作成した猛者である。因みに1枚目は、予定通り最も風況が良好な山の稜線上に設置した場合の図面で、2枚目は四万十町側の反対を受けて四万十市側に10m程度ずらした際の図面である。

 

www.dropbox.com

輸送時にも作業道の拡幅と尾根までの新設で、多大な土砂が出そうである。この件が気になって仕方がない。鮎には影響がないのか。ここにしかない貴重な生活資源且つ観光資源の四万十川の価値を毀損していいのか。おのずと答えは出て来るのではないのだろうか。ヤイロチョウだって絶命危惧種だからこそ貴重なのである。絶滅危惧種が来るような豊かな森が近くにあると言う事だ。その豊かさは本質的に換金できなし、一旦失われたら取り戻せない。オリックス社が発注する山仕事や20年の土地賃貸料が中尾博町長言うところの「経済的恩恵を受ける町民」側の理屈であるならば。その一自邸一過性経済的恩恵によって失われるものは、ここにしかない取り返せないものではないのだろうか。山は山主と林業事業体だけの物なのか。それであれば山の多面的機能の保全目的の補助金等受け取って欲しくはないし、今までの森林整備や木質バイオマスにかこつけた巨額の補助金は一体何だったのか。四万十町森林組合林野庁の委託事業として木質バイオマス事業委託料、円を受け取っている。以下のサイトでそれが確認できる。

 

judgit.net

最近エレクトリカルジャパンという面白いサイトを発見した。種類別(原発、火力、水力風力、太陽光、地熱等)に切り替えられる発電所が日本地図上に蛍光色の丸の大きさで出力を表してプロットされていて、「見れば分かる」日本の電力事情となっている。是非ご一覧有れ。

agora.ex.nii.ac.jp

第一位は、「ウィンドファームつがる」で出力121.6mwである。二位は、「新青山高原ウインドファーム」で出力80MWである。四万十町に計画されているオリックス社の大藤風力発電所は、146MWである。稼働すれば堂々1位に躍り出る位大規模なのだ。「ウィンドファームつがる」は広い農地の中にある。

 

www.kankyo-business.jp

「新青山高原ウインドファーム」は、高原の山頂にある。

www.awf.co.jp

 

方や大藤は、日本で一番山の面積比率が高い高知県西部の四万十川流域の急峻な山の山頂なのである。ここに敢て大規模風力発電所を作るには、オリックス社にはそれなりの目論見があるのだろう。「新青山高原ウインドファーム」のHPに記載されている「風力発電を実現するには」部分には、

1.県民アンケートで75%の賛成

2.住居が近くにない

3.アクセス道路がある

4.高圧線が近くに来ている

とあったので興味を喚起され、問い合わせてみた。ところがは、1.県民アンケートで75%の賛成は、近隣の町が最初に設置した数基の風車の時のアンケートであり、当時は環境アセスの制度もなかったとの事であった。最も気になった2.住居が近くにない

は、最寄りの住宅が2.2kmの所にあり、曖昧ではあるがこのような表現となった(正直で実直な説明で好感を持った。)との事であった。因みにオリックス社の計画では、1km以内に10か所の住居があるし、全て「個人情報保護のため」地図を非公開にしているので、実直さや正直さは全く感じ取れない。3.アクセス道路がある、は県道があり、高原であるので観光道路として比較的上まで道路がついているが、それから設置場所までは別途道路の敷設が必要であったことを説明してくれた。最後に一番気になる排出土砂の処理方法について聞くと、浅い谷部分を埋めて崩れそうな危険性のある所では擁壁を設置したこと及び風車の基礎部分の傾斜を利用して、傾斜を平地化するのに切土を盛り土に使ったと、私のような素人にも分かるように簡潔に説明してくれたのである。この話を先述の武吉氏にすれば、「傾斜角度40度の山頂付近では、そのような工事自体が不可能であり、工事中に土砂崩れが起こる。第一あの山には浅い谷などない、地形が全く違う」と一喝された。わたしはこの部分こそ、オリックス社に説明を求めたい。なぜ四万十町議会は、特別調査委員会を設置しオリックス社を召喚し、説明を求めないのだろうか。それどころが、彼らの言い分は、以下である。

1.四万十町が反対しても四万十市が賛成すれば、立地をずらして風車は設置できるので、反対損になる(固定資産税の取りはぐれ、オリックス発注工事の取りはぐれ、貸借地代のの取りはぐれが生じる)。低周波音については国の基準に従うしかない。-堀本伸一議員

2.四万十市議会は賛成だとの噂を聞く―水間淳一議員

3.噂じゃなくて議員の一人から聞いている。稼働後の苦情対応は行政が窓口を設置すればいい―吉村アツ子議員

4.四万十町側には、木質バイオマス事業で立派な作業道が既に敷設されている。四万十市議会に施策を申しれたが、やんわり断られた。現状では話すことがないらしい。 ー古谷幹夫議員

これではまるで「一般町民座談会様放談会」の体ではないだろうか。土砂災害はそのまま四万十川の水質汚濁や水産資源に甚大な影響を及ぼすのではないだろうか。その懸念を払拭できる方向付けが本来の議会の仕事ではないだろうか。先日高知県環境共生課に問いあわせて、オリックス社作成の方法書に、「地形や地質が調査項目として選択されているか。」と聞いた。答えは、「されていない。」であった。次いで「知事意見(尾崎正直知事)には、「事業実施予定地には砂防指定地があり、急傾斜値もあるので十二分な環境影響の低減と回避に努められたい。」と記されています。」とも説明された。言い換えれば、強制力のない知事意見では、十二分な環境影響の低減と回避によって土砂災害が引き起こされない保障はどこにもないということである。普通に考えてみればこのような地形、地質の環境下で、1600ha、全長9kに及ぶ巨大な風車群の設置工事は、「住民生活の安心安全が担保できないし四万十川の水産及び観光上の資源価値も毀損される可能性が否めない」と自治体首長が英断して、事業推進の断念を事業者に本来迫るべきなのである。ところがここにはその「英断」がない。茫然とただ成り行きに任せているだけである。四万十川振興室長中井氏によれば、「地形と地質が調査項目に選択されているかどうかは覚えておらず、現在航空写真による測量が実施されており、知事意見を踏まえて今後は、地質面では文献調査を実施するのではないか。」などどいう始末である。四万十町は、四万十川対策事業を見越してこの人物を2年間環境省に出向させていたのである。それでこの有様である。中尾町長もこの四万十川振興室長中井氏も、環境影響評価に係る公文書を全く読み込んでいない。今まで目を通した公文書中最も有意な判断材料となったのが、風力発電事業の主務官庁である経済産業が設置した環境審査顧問会がオリックス社に提出を求めた補足説明資料と審査会の議事録である。

議事録には、ある顧問の発言である「土砂の排出量と処理方法の具体的記載がない。これでは方法書の体を為していない」が、はっきりと記録されている。以下が議事録のURLである。

www.meti.go.jp

ここで顧問から受けている指摘部分を読めば、オリックス社がどのような事業姿勢を持った会社であるかがよく分かる。首長は元より自治体職員とは、この様な文献を精査できて初めてその職責を果たせるのであるし、執行機関の監視機関である議会も同然である。彼らの身分の保証はそのためにあるのである。ところが、中尾町長と議会側はこのURLを認知していなかった。中井氏は「一瞥した」と言ってのけた。彼は町長も議会も全く懼れるに足らずなのである。ここで想起されるのは、9月定例会における田辺哲夫議員の一般質問項目「地元高校存続施策について」である。田辺議員は町長が、危機感に 欠け無策であるという叱責に続いて、いくつかの独自案を披歴した

1 自動車免許費用への助成金の拠出

2.在学中の社旗に出て有利な資格所得への助成金の拠出

3、四万十町職員への地元高校採用枠の創設

1,2は普通高校の教育課程の趣旨からの相当の逸脱であるが、3は、熊谷総務課長答弁「地方公務員法違反(採用の公平公正)に該当するので不可能でる」は、檮原町が実践している納得できないと締めくくったのを私は半ば呆れながら傍聴席で聞いたのだが、この中井氏は愛媛県出身であることを最後に付け加えたいと思う。地方公務員法を遵守して能力ある職員を広く採用しても、上司や議会の査定力が怪しければ、その職員の手抜き仕事がまんまと通用するという事である。田辺哲夫議員、現職議員としては、「隗より始めよ」ではないだろうか。

 

西原真衣

 

 

 

 

 

 

 

 

 

風力発電と蠢く町政(69)

                                         議事録がおかしい

 裁判の次回公判は、10月13日である。裁判は非常に悠長で、書面の受け渡しと次回日程の決定で10分程度で閉会になると噂では聞いていたが、それは本当だった。私はこの裁判の行方には絶大な関心を寄せている。というのも四万十町議会は、議事整理が正常から逸脱しており、その結果、「質問に答えない」事件が多発し、町民の町政を知り、町政に参画する権利が著しく侵害されている。それは、ざっとこの20年くらいはずっとそうである。エピソードを挙げれば切りがない位あるのだが、今回は係争中の裁判の争点に係る一件を紹介したい。議員報酬引き上げによって高知県内町村議会で最も高額な議員報酬となった四万十町議会が平成21年に制定した議会基本条例には、23条に以下のような記載がある。

(議員報酬)

第23条 議員報酬は、そのあり方を含め、その額が議員の職務及び職責に見合うよう適時に見直しするため、特別職報酬等審議会条例(平成18年四万十町条例第36号)に定める審議会の意見を参考にするものとする。

2 議員又は委員会が議員報酬の条例改正を提案する場合は、専門的知見並びに参考人制度及び公聴会制度を十分に活用し、明確な改正理由を付して提案するものとする。

 

原告側の谷脇弁護士は、この23条を議会側が「潜脱」していると状で主張している。「潜脱」とは聞きなれない言葉だが、調べると、「ある方法である結果を得ることが法的に禁止されて場合に、別の手法で同じ結果を得て法に触れないようにすること」と説明されている。

 23条の2項で議員報酬改正を試みれば、当然議員提案で公聴会の開催や参考人招致が必要となる。この手法による結果(議員報酬引き上げ)を潜脱する目的で、1項による手法を町長側に「指南した(要望した)」というのが、「潜脱」の本旨である。中尾町長が、議会の「指南」に関わらず完璧に自発的に議員報酬引き上げ議案を上程していれば、1項の適用となり何ら問題はなかったのである。「指南」を受けて議会対策目的で議員報酬引き上げ議案を上程し、「反対意見が出たことに違和感がある。議案上程までに議会内部での議論を尽くした議会意志の徹底的な統一が本来必要だったのではないか。言葉は悪いが、議員の皆さん達には、この場では、言葉は悪いが、言わば「まな板の上の鯉」でいて欲しかった。」という趣旨のことを議場でおめおめと発言し、議会との裏取引の実体を暴露してしまったのである。何という愚かしさだろうか。この部分が、「議会と行政の癒着」を他の解釈の余地なく物語っている。なぜなら議会とは法律上は議決機関であり、その議決権能は議案に対してのみ行使されるからである。従って議案上程前の議会意志の意思統一などは政党の党議拘束以外は、法的には想定外である。ところがあろうことか、それをより完璧にやるべきであったと発言した中尾町長とは、法律の理解もない、実に暗愚な町長であるとしか言いようもない。実に暗愚な議会と暗愚な町長(行政の最高責任者)が結託して、それぞれの集団(行政と議会)の利益の実現を目指している浅ましい姿こそが、議員報酬引き上げの背景にある四万十町の実態そのものである。かくて議場での中尾町長発言は、中尾町長の資質と能力の限界を浮き彫りにしたが、議員は必ずしもそうではない。議員は16名であり、発言の多寡があり、原則的に一般質問も任意である。例を挙げれば、槙野章議員や吉村アツ子議員は議場は愚か委員会等でも殆ど発言しない。町民が議員か国の資質や能力を知り得る範囲は極めて狭い実態がある議事内容を知るためには、議会HPを丹念にチェックし、委員会や全員協議会を傍聴したり、議事録(完成までに半年乃至1年かかる)を開示請求して読み込むしか方法が無い。実に理不尽ではないか。それはさておき裁判に戻れば、訴状の争点は、議会基本条例23条の潜脱である。それで私はこの23条の解釈の議事をマークして、傍聴や議事録入手を試みた。果たして議事録はどうなっていたか。

 この議会基本条例23条については、4年間に渡る議員定数等(報酬)についての調査研究期間を通じて一度も耳にしてこなかった。尤もこの調査研究を実施したのは、議会運営委員会であり、私はこの委員会のメンバーではなく全員協議会と呼ばれる議員の全体会で、議員定数と報酬についての議会運営委員会の調査研究結果の報告に基づく議論に参加しただけである。従って議会運営委員会で、この報酬部分がどのように審議されて来たかの実態は完璧には承知していない。ただしこの部分の議会運営委員会の議事録は手元にある、が議事録には基本条例23条への言及は一切ない。恐らくここに「潜脱」が一部有力議員(酒井祥成、橋本保、掘本伸一、下元昇)によって目論まれていた可能性が潜んでいる。さて、改選後に組成された総務常任委員会(委員長古谷幹夫、副委員長水間淳一)が、何を思ったか、「四万十町議会運用基準」や「四万十町議会基本条例」の見直しに着手した。令和元年の4月頃である。これは丁度、裁判を提訴した山本たけし氏、岸本英明氏、私西原真衣の3名で、議会に対して連名で公開質問状を出した時期と一致する。公開質問状への回答は今だないが、それを読んで彼らは、議会基本条例23条の解釈上の理論武装をする必要を感じて、それに着手したという内実があるのではないか。これが6月21日と7月16日の総務常任委員会議事録に残っている。7月16日分は、既にこのブログで公開しているので、今日は、時系列的には前になるが、6月21日分を公開したい。以下である。

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圧巻は、古谷委員長発言:暫時休憩にして意見を取りたい。である。実に不自然で作為的ではないだろうか。非必要な休憩の宣言であり、阿吽の呼吸の様ないものが感知される一幕である、元より議員の公式の場での意見は、全て町民に開陳されるべきであり、そのために議事録があるという認識が共有されているとは言い難い議会ではあるが、私が事あるごとに指摘してきた議事録の不備(恣意的な休憩の取り方や議事録作成の異常な遅さや公表しないこと)を指摘するたびに、発話内容が雑談的とか、不規則発言(会議規則違反)が多いとかの方便を並べたててきた下元昇議長であるが、そのようなことは本来抗弁できることではない。

休憩後には、意見の集約らしき内容が述べられているが、元々議会が制定した基本条例である。既に制定された条例の条項毎の解釈は、各議員に帰するべきものである。彼らは公式な条例の公式な制定権者であり、解釈を個々に求められる立場である。議会で統一された公式解釈などは必要ない。だから各自が議決機関の構成員たり得るのである。ところがここが不問に付されている。彼らが実感しているのは、議決権という公権力を党議拘束的に駆使して可決に持ち込み、まんまと高知県町村議会随一の高額な議員報酬引き上げに成功したという成功体験だけであり、この成功体験の毀損に繋がる可能性を内包する議事内容は、取り合えず隠避することに異論などあるはずもないのである。因みにこの総務常任委員会に属する議員名を再確認する。委員長:古谷幹夫、副委員長:水間淳一、下元昇、堀本伸一、吉村アツ子、田辺哲夫、このうち議員報酬引き上げ時には田辺哲夫以外は全員議員であり、全員が引き上げに賛成しているという事実は見逃せない。

 さらに委員会の再開直後の古谷幹夫委員長発言に注目してみよう。「解釈が大まかに二つに分かれるので、専門家の指南を仰ぐことに異議はないか。」である。これでは、この異なる解釈内容が全く分からない。それは、もやや議事録ではなく、単なる集約内容の確認である。議事録とは議論の足跡であり、議員報酬引き上げ時に議案上程前に本来議会内部で徹底的に行うべきであった討論がこの議会基本条例23条の解釈部分である。当時議員であった私自身も、非常に間欠的に、忘れた頃に取り上げられた2年余に及ぶ議員定数と報酬に関する議会内部の議論の中で、この議会基本条例23条の解釈が欠落していることにさえ気が付いていなかったことを白状するしかない。その位議会基本条例は全般的に議会運営の実務上、俎上に上がる事が無かったのである。「理念を書き連ねているので、実務的な適用場面で取り沙汰されなかった。」と言えば言い訳にしか聞こえないだろうが、そもそも議員報酬引き上げがそのスタートラインから全議員の出席する場で議題になったことはない。議会運営委員の視察結果を全員協議会で報告しながら、議員定数と報酬についての個々の議員の意見が聴取され(ここは議事録に残した)、いわば議会内部で言質を取られる格好で、噛んで含めるような暗黙の意思統一(賛成投票行動への促し)が目論まれたのである。視察に行ったのは議会運営委員会のメンバーであり、視察先の選択は、当時の議会運営委員会委員長の堀本伸一議員によれば、当時の議会事務局長宮地正人が、議員定数削減and議員報酬引き上げ」でネット検索して作成したリストから選んだ」ということらしい(現事務局著長谷べ卓也が堀本伸一議員より聞き取り)。つまり、議員定数を削減した後に議員報酬を引き上げた議会を検索したといく事である。調査研究と言いながら到達地点が既に決まっているではないか。そしてそれを決めたのは、一部の有力議員である。この辺の実証が潜脱の証左と成り得るのでは、と私は踏んでいるのである。もう一つの証左は、議案可決直後に議会運営委員会と全員協議会を緊急的に招集し、選挙時に議員報酬引き上げに言及する事への封殺が目論まれたことである。以前にも書いたが、確認のために、ここで再び掲載したい。

堀本伸一議員:今日は全部録音する。議会を混乱させ、町民に騒動を引き起こした責任を感じ町長、副町長に謝罪した。自分には、反対討論に立った議員から謝罪の言葉が無い。

注釈:この堀本議員は、今総務常任委員会の委員で、23条の解釈論で意見を述べる際には、休憩(議事録に残さない)を是認している。この対比がこの議員の本質を物語り、且つ義騎亜基本条例23条の潜脱の証拠ともなる。

古谷幹夫議員:反対意見が出たこと自体が不快であった。議会で事前に決めたことを本会議場で覆した。責任を取ってもらいたい。

釈:この議員は農協出身者であり、農協組織に置ける意思決定の局面と議会に置ける意思決定の局面のフェーズの違いを理解していない。議会とは議案に関してのみの合議体である。本会議が合議過程の実践場面であり、議案提出前の意思統一が、「談合」に当たることを端から理解できないのである。議員として持つべき基本的な認識に欠ける。

下元昇議員: この件を(選挙時の)政争の具にするな。

注釈:本会議場で、議員報酬意見取時の議事録を自席に持ち込み、「ここに議事録があるが、反対討論した人間は、この場では議員報酬は引き上げるべきと発言している。」と本会議場を、選挙前の政争の場にしたのはこの人物本体である。議案可決後の休憩時の議員控室ではこの人物の高笑いが響いた。

以上の3議員が今、議会基本条例23条の解釈を委員会の席で開陳するに当たって、

「暫時休憩」を臆面もなくやっており、それに水間淳一議員や吉村アツ子議員(共に議員報酬引き上げ賛成)が易々と追従していることの浅ましさを四万十町民は知る必要があるのではないだろうか。これが、我々町民が選出した議員達が公式の場でやっていることである。彼らは果たして議員報酬引き上げに値するだろうか。ハムレットのセリフを捩って、

彼らは報酬面で正当に評価されているのか否か、それが問題だ(高知県町村議会で最も高い報酬に値する議会か)

と結びたい。

西原真衣